あなたとともに  by sako






ゆっくりと両の手を掲げると、己の五感を鋭く尖らせる。
構えた先には、人型を模した的。
内へ、内へと意識を絞り込み、引き金を引く。軽い反動を振り払い、立て続けに6発。
だだっ広い空間に轟音が吸い込まれると、床に落ちた空薬莢が、軍靴の横腹にこつりと当たった。

「さすがね」

「そりゃ皮肉ですか」

両手を下ろし、空のマガジンを取り出しながら、そう答えた。
手元のレバーをぐるぐると回すと、ワイヤーの擦れる音と共に、的が近づいてくる。
的に空いた穴は、頭部に2つと、心臓部に4つ。
渋い顔でそれを睨みつけていると、また後ろから声が降ってくる。

「どうして?」

「中尉にゃ、かないません」

的を手放すと、それはわずかに揺れて、ぎしぎしと軋んだ。
弾の入っていない銃を片手で弄びながら、後ろを振り返る。
中尉は、壁に背を持たれて、たった今手放したばかりの的を見つめていた。

「短距離射撃は苦手なのよ」

「スナイピングに比べれば、でしょ?勝負にならんですよ、俺なんかじゃ」

「それはどうかしら。近接戦闘はあなたの領分だもの。格闘戦なら、勝ち目はないわ」

あんた、この間の現場でゴリラみたいなテロリストを3秒で沈めたでしょーが。
心の中で反論するも、口に出すのはやめた。

「なんなら、勝負してみる?いい店見つけたのよ、この間」

そう言って的を指さす中尉に、首を振る。
分の悪い賭には乗らない主義だ。

「やめときます。異動決まってから引越し貧乏で、金ないんスよ。
コーヒー代もケチってる有様ですから。大惨事です」

「それでも、煙草はやめないのね」

「俺にとっちゃ、空気と同じですよ。窒息死しちまう」

そう思ったら、吸いたくなった。
射撃場で煙草をくわえることはない。
思わずポケットへと伸びそうになる手を、首の後ろに回した。



昼間はひっきりなしに銃声が鳴り響いている射撃場だが、深夜、それも3時を過ぎると、
さすがに人の気配はなかった。彼自身、普段ならこんな時間に射撃訓練をすることはない。
一向に終わりが見えてこない引き継ぎ作業の憂さ晴らしであり、中尉はその様子見といった
ところだろう。彼女がいつも使う遠距離用レーンは、これよりもう少し奥だ。
電気の消えている奥のレーンに目を凝らし、その後、射撃場の周りをぐるりと見渡す。
慣れ親しんだこの射撃場とも、あともう少しでお別れだった。

「来週明けには、みんな揃ってセントラルですか」

「ええ、そうね」

急遽決まった異動先は、中央司令部。
選ばれたエリートのみが集まる、軍の中枢部。
士官あがりならまだしも、現場の叩き上げがそんなところに行くというのだから、とても
じゃないが、実感なんて湧かない。

「どうもね、わかりません」

なにが?と中尉が目で問いかける。

「最初に声を掛けられた時、思ったもんですよ。
こいつ、田舎軍人だからってナメてやがんな?ってね」

何故、自分なのか。
大した戦歴も持たないヒラ軍人を引き上げようって腹づもりが、全く読めなかった。

「大佐の口説き文句・・・酷かったものね」

中尉の顔に浮かぶのは、苦笑い。

「知ってたんスか、中尉。あれ、俺以外の連中にも言ったんスかね?」

「さあ?どうかしら?さすがに、一度きりでやめたとは思うけど。
それにしても、よくあなた、ついて来る気になったわね」

「はは・・・まあ」

曖昧に笑うと、中尉はまた苦笑いをする。
実際、あの口説き文句を聞いた時、数秒思考が停止した。
呆れて果てて、反論の一つも浮かんでこなかった。
一体、何を考えているのか。田舎者は権力に弱いとでも思ってるのか?
疑問はそのうち怒りへ変わり、反感混じりのいびつな感情が胸の内に湧き上がった。
思い上がったエリート軍人に一泡吹かせるつもりで、その言葉に頷いた。
出世ゲームの使い捨てとして声を掛けたのなら、こっちにだって考えがあるさ。
叩き上げの意地ってやつを見せつけてやる。
そんな風に息巻いていた、最初の数ヶ月。
ところが今や、自分の女を捨ててまでセントラルへ異動する始末とは。
まったく、人間変われば変わるものだ。

「共感、なんて大それたものじゃないんですがね。
俺ら、立場はそれぞれですが、腹の底に抱えてるモンは同じです」

単なる一兵卒が、時代の変わる狭間、それもその渦中で闘うことができるなら。
その先を切り拓くために、この両手が役に立つのなら。
理由なんて、それだけで十分だった。

「そうでしょ?中尉殿」

銃を置いて、壁にもたれる中尉に問いかける。
中尉は、静かに笑うだけだった。

「しっかしあの人も、この人数で勝負するってんだから・・・無茶言いますわ」

「それでも、あなたはついてきた」

「だって、ほっとけないスよ。
あそこで断って死なれても後味悪いし、化けて出られちゃかなわねえ」

冗談めいたその言葉に、くすりと笑みを漏らす。

「それにあの人、チェス苦手でしょ。
駒の使いどころを間違えそうで、なんか、時々危なっかしい」

感情を押し殺してる風を装ってはいても、長く側にいれば自ずとわかる。
何が『悪いようにはしない。私の駒になれ』、だ。
あんたが一番、俺らを駒として見てないんだよ。

「どうしたの?」

浮かんだ笑みを不思議に思ったのか、首を傾げて尋ねてくる。

「いえね、成り上がりの嫌われ者を上官に持つと、部下は苦労するなと思いまして」

「ほんと、ね。すぐサボるし、お守りが大変」

「困ったお人だ」

肩を小刻みに震わせながら壁に掛かった時計を見上げると、もうすぐ3時半になろう
としていた。休憩時間も、そろそろ終わりだ。これからもう一仕事して、仮眠を取って、
通常の始業時間を迎える。いつも通りのハードワーク。
中尉も手元の腕時計にちらっと眼を落とすと、壁から背を離す。

「さて、ニコチンも切れたし、一服してから仕事に戻りますわ」

「ついでに、コーヒーの一杯ぐらいおごってあげるわよ」

「お、すんません。ご馳走様っス」

話をしながら階段を上がったところで、振り返る。
人型の心臓部に空いた穴は、それぞれ微妙にズレて、完璧には重ならない。
あれを、数ミリのズレなくぶち抜くことが出来たなら。
その時は、あんたの盾ぐらいにはなれるかもしれない。

「少尉、行くわよ?」

「はいはい、すぐ行きます」

電気を落とすと、真っ暗な射撃場を後にした。




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