キャッチ・ザ・ひつじ by takaba



 このところ、フランソワーズは夢を見る。あの、悪夢の日々を。
 悪夢か? ある意味悪夢、しかしある意味すこーしは楽しかったかもしれない。あのふわふわ感、自分を見上げるあどけない瞳。何より彼のすべてを抱きしめられるなんて、そうない。それにあのチョキ。そう、偶蹄目の手だからチョキ。なんどジャンケンしたって負けるのに、
「じゃーんけ〜ん ぽんっ」の声に反応してついつい出てくる手。そして毎回自分の手と彼女の顔を見比べて、悔しいんだか悲しいんだかなんともいえない顔をする。可愛い顔。その顔に追い討ちをかけるように彼女はくすくすと笑う。
「あなたの負けよ」
「〜〜〜」
 口を尖らせるようなその顔。とても憎めない。ついつい抱きしめたくなる。そう、こんな風に。……。こんな風に? こんな風に。
 目を開いたものの、視線を中にさまよわせたまま彼女は自分が抱きしめている「もの」をあちこちつかんでみる。そして、触ってしまった。チョキに。

  * * * * * *

 悲鳴は家中に響き渡った。
「な、なんだ、なんだ、なんだ、なんだ」
 ドアの向こうでいろんなノックがする。
「おおーい、開けていいのかー」
 中から、低ーいフランソワーズの声がした。
「開けて、……開けてちょうだい」
 恐る恐るドアを開けた仲間たちが見たのは、がっくりとベッドに手をつくフランソワーズとはたはたと中に浮く「羊」だった。
 
  * * * * * *

「ま、またなのかよ?!」
「今度はワイなにもしてないアルね!」
「変な荷物が届いたりもしてないよね」
「それは私がチェックしてるから、まちがいないわ……。なのにっ! どうして!」
「いや、どうしてといわれても」
「で、どうするんだ、これ」
「……」
 もちろん誰も何も言えない。当の羊は楽しげに宙に浮いている。あまつさえジェロニモの肩にしがみついてみたり、ピュンマの顔をしげしげと覗き込んでみたり、イワンのところまで飛んでいってみたり。
「なんか、前よりリラックスしてるアルね」
「そりゃ2回目ともなれば、慣れたもんだろ」
「ハインリヒ……」
「あ、いや、失言」
「なぁなぁ、それより俺さっきから気になってんだけど、どうしてこいつ俺たちのところへはこないんだ?」
 俺たち=ジェット、ハインリヒ、グレート
「大人にはさっきへばりついたぜ」
「いい匂いでもしたんでござろう」
「俺たちは?」
「昨日の酒の匂いでもしてるんじゃない?」
「ピュンマだって飲んだろう」
「僕は君たちほど飲んでないもの。おいでおいで」
 鳥を呼ぶような手招きにはたはたと飛んでくる羊。
「しっかし、どうしたもんかね」
「うーーーん」
 みんなの苦悩を破ったのは、フランソワーズの低い声だった。
「あなた方、そろそろ出てってくれない」
「!」
 もちろんダッシュで部屋を去る彼らだった。
「いやぁ、目の保養だったな」
「ジェット、鼻血でてるぞ」
「んなわけないだろ!」
「さすがバレリーナの肉体だった」
「しかし、結構アレなので寝てるんだねぇ」
「あの薄着ではお腹が冷えるのことアルね。今度腹巻をするように言わないと」
「それは、ちょっと、どうだい?」
「それにしてもなぁ」
 みんなの視線は中空に集まる。嬉しそうにはたはたと飛び回る羊。
「前は、ほら、燃えて脱げたんだよな」
「そうそう、加速装置でさ」
「じゃ、今回もそうすればいいんじゃん」
 そういうなり、ジェットは手を伸ばし、羊を引っつかんで……。が、
「わっ!」
 弾き飛ばされた。ふくれっつらをしている、羊が。
「このやろ」
「おー、いいぞ、いいぞー。追っかけろー。そのまま燃やしちまえー」
 かなり適当な声援を受けて、羊を追いかけるジェット。羊の姿はめまぐるしく位置を変える。様子を見ていたピュンマがつぶやく。
「なんかさ、燃えちゃうほど移動してないね」
「でも、よけてるな、あれは」
「見切っている」
「性能の差か?」
「最強の羊アル」
「からかわれてるんじゃないのか?」
「こんちくしょーー!」
 と、いつの間に来たのか、フランソワーズが声をかけた。
「さぁさぁ、ご飯よ」
 スポッと彼女の腕の中に収まる羊。それをめがけたジェット。が、しかし、ガィィィィンという音とともに、ばたりとジェットは床に臥した。
「おー、だいじょぶかー」
「ドリフの落ちじゃないんだからさ。一斗缶に頭から、君の場合鼻か、いや、どっからでもいいけど、突っ込むのはどうかと思うよ」
「……。俺だって突っ込みたくて突っ込んだんじゃねぇ!」
「あの羊。どっから持ってきたんだ、あんなもん」
「アイヤー、お店用の醤油の缶ね。少なくなったから家用に回すのに昨日持ってきたあるネ。いやぁ、へこんだだけで良かったネ」
「俺の鼻を心配してくれ!」
 赤鼻のジェットをよそに、食卓では朝の食事が始まる。
「はい、ジョー、あーん」
「(アーン)」
「しっかし、どうしたもんかね。あ、醤油とって」
「別にいいんじゃないのか? なにかあれば当然加速装置を使うだろうし、そうすれば燃えちまうんだろ」
「コーヒーのおかわりは? でも、あれ、絶対に燃えるのかな」
「怖いこといいなさんなよ。あー、マーマレードを取ってくれたまえ」
「だって、何かはわからないんだよ? その心配はしておくべきじゃないかな」
「しても仕方ない心配をしても気疲れするばかりだ。なるようになる」
「いいのかなぁ」
 心配をよそに、口の周りにミルクをつけた羊は幸せそうにシリアルを食む。
「お食事が終わったら庭で散歩しましょうね」
「しかし、フランソワーズのあの落ち着きようはなんだろうな」
「あきらめたんだろう」
 やがて食事も終わり、皆はそれぞれに今日を過ごすためにテーブルを離れ、フランソワーズは満足げに腹をさする羊を小脇に抱えて庭へ出た。と……。
「ねぇ、これを見て」
 彼女がメンテナンスルームに行こうとしていたハインリヒに見せたのは1枚の紙だった。
「『オプション羽付羊皮』……。『160cmの方まで着用可能。』……『さぁ、これであなたもプリティな羊に大変身。パーティで受けること間違いなし。また、おうちで着るとのんびりとした羊気分になれ、極上のリラックスが味わえます。当社独自の技術により開発された新素材により、すばらしい伸びを実現。体に密着しながらも蒸れない着用が可能となりました。また、以前の事故を踏まえ、難燃性の素材を使用しておりますので、キャンドルサービスによる火災事故もありません』……『注意書き、長時間着用していると、羊気分が抜けず、現実に戻りたくなくなる場合がありますので、ご注意ください。その場合、ご家族などで脱衣させてください。ただし追いかけると間違いなく逃げます。本人の好きなものを用意して捕獲することをお勧めします』……。」
「どういう、ことかしらね」
 庭先では羊がよちよちとイワンを追いかけている。楽しそうだ。
「そういえば、昨日俺がきた時に物置あたりであやしげな様子を見せていたが」
「ジョーが? 物置?」
 物置の中には小さなダンボール箱が開封された状態で置かれていた。
「……というわけなんだが。」
「じゃ、簡単じゃん。脱がせればいいんだろ?」
「この前と同じ、脱げないと思い込んだアルね」
「フランソワーズが捕まえればいいんじゃないの?」
「それが、その」
 さっきやったのだ。しかし、近づいた途端逃げられた。それも嬉しそうに。
「どうも、オーラを感知するらしい」
「なんじゃ、そりゃ。そういえば、さっきピュンマが呼んだ時きたんじゃないか、それで」
「それもやったんだ。そしたら、近くまでは来るんだけど」
 捕まえる手前で逃げられてしまった。
「イワンに取り押さえてもらえばいい」
「寝た」
「なにーー! どうしてこう肝心なときに」
「愚痴っていても仕方ない。なんとかしなくては」
「ジェロニモの言うとおりだ。で、だ。どうしたもんか」
「ジョーの好きなものってなんだい?」
「果物だと、りんごかしら」(なんなんでしょうね(^-^;)ここではもちろんてきとーです)
「じゃ、とりあえずそれで。罠の方は任せたぞ、ピュンマ」
 で、捕まる、わけがないのだ。ことごとく失敗した。そもそも加速装置をもっている羊相手に罠で捕まえようというのに無理がある。すべての罠が作動した瞬間に逃げられるのだ。
「なんか、ぼく、自信なくなってきた」
「いや、相手が悪いアルヨ」
「そうだな、ジェットでも捕まえられないんだから」
「けっ、性能がなんだっつーんだ。根性だ根性!」
 言うなり加速したジェットであったが、シュン!シュン!シュン!と言う音とともに羊の姿は宙に見え隠れする。
「なんか、増殖しているみたいでやだな……」
「増えてたらあれだ、捕まえた後焼いて食おう」
「ジンギスカンアルね、おいしーよー」
「怖いこと言うなよ。それよりジェットが」
「ぜー…………。ちくしょーーーーー!」
「作戦を変えよう。フランソワーズを使うんだ」
「さっきやったじゃんか」
 しかし、捕まえようとした瞬間やはり逃げられたのだ。
「食べ物を使うのがいけないんだ。フランソワーズそのものを餌にするんだ」
「は?」
 こうして昼食後、彼女の衣装が調えられた。
「ちょっと待ってよ! どうしてこんな格好!!」
「いたいけな羊をたぶらかすんだ、このくらいやらなきゃ」
「朝見たのと似たような格好じゃないか。透けて見えないだけいいだろ」
「豹柄ボディコン。ジェットの見立てか?」
「で、あの羽はなんなんだ」
「親近感があるかと思って」
「あとはやつがかかるのを待つだけか」
「じゃ、わてらはそれぞれ用事を済ますのことね」
「ん、頑張ってくれ。フランソワーズ」
 ジェロニモに肩を叩かれてはどうもこうもない。
「なんか違うと思うんだけど、……やってみるわ」
 こうして彼女はおとりとなってベッドに横になった。
「とはいうものの、暇よね」
差し入れのお菓子をつまんだり、本をめくったりして待つこと30分。はた、と羽音が聞こえた。
(来た来た)
 だが、捕まえようとしてはいけない。羊が眠るのを待つのだ。
「やつが寝たら連絡してくれ、すぐ行くから」
 寝た上でジェットに剥いてもらうというのが、最終計画だった。
 羊はフランソワーズの上をそわそわと旋回している。が、なかなか降りてこようとしない。
(警戒してるのね?)
 うつぶせになっていたフランソワーズはころりと姿勢を変えた。寝たふり。軽く寝息さえ立ててみせる。
(なんか、純真な青年を惑わせる魔性の女って気分 ふふふ)
 ベッドの上にふうわりと広がる亜麻色の髪。つややかな唇。羊はそろりと降りてきて、頬にそっと触れる。
(くすぐったい)
 寝返りを打つと、羊はそそくさと上がっていく。そんなことを繰り返すうち、
(なんか、ほんとに眠くなってきちゃった)
 昼下がり。陽射しはほどよく、お腹の満ち具合も申し分ない。敵の眠りを誘うための狸寝入りが本当の眠りになりかかる。
(背中、涼しい……)
 うとうととした頭でシーツにもぐりこもうか考える。
(ほんとに寝ちゃ、だめよ。捕まえなきゃ……。でも、ジェットがこんな服にするから……)
 眠くなると、体温が下がる。フランソワーズはもぞもぞとシーツを引っ張りあげた。
(どうして、寝入りばなってこんなに気持ちいいのかしら……。……)
 遠くでカチリと言う音がしたような気がした。部屋の中を動き回る気配をまだ感じる。きしりとベッドが軽い音を立てた。足元からもぞりもぞり動くものがある。
(ああ。ようやく寝るつもりになったのね……。いいわよ、一緒に寝てあげる……。……)
 うつつに微笑むフランソワーズの背中で声がした。
「この羽、邪魔だな」
(……。しゃべれるの?)
「ん……」
 背中をつつつとすべる滑らかな指先、と、唇。飛び起きたフランソワーズは抱きしめられて声を無くす。
≪どうした! フランソワーズ!≫
≪ジョーが戻ったんだけど、来ちゃだめー!≫
 と、伝えた時は遅かった。ガバンッとドアをぶち破ったジェットが見たものは?
「やってられっかーーー! なんか着やがれ、ばかやろーー!」
 答え:どうも何も着てないらしいジョーに後ろから抱きすくめられ、シーツを顔まで引き上げたフランソワーズ。羊の皮は部屋の隅に脱ぎ捨てられてあった。
「あー、脱げた脱げた、っていうか、脱いだ脱いだ」
「良かった良かった」
「一件落着アルね」
「ジェットの作戦勝ちだ」
「なんか嬉しくねー」
 まだ現実まで戻ってきてないらしいジョーはうっとりとフランソワーズに引っ付いている。
「じゃ、お邪魔だから行こうか」
「お祝いに大人の店で乾杯と行こう。というわけで、ごゆっくりー」
「これだけもらっていくからね」
「着るなよ、ピュンマ」
「ジェットじゃあるまいし」
「何で俺なんだよ! ジョーじゃあるまいしって言えよ!」
「まぁまぁ、ご馳走するアルヨ。機嫌直すね」
 遠くなる声をよそに、フランソワーズの首筋に口付けるジョー。
「ちょっと、……ジョー?」
「んー?」
「あなた、大丈夫?」
「何が?」
 だめだこりゃと思っているとうっとりとした声がした。
「何でこんな服着てるの、フランソワーズ。可愛いけど、この羽が邪魔だなぁ」
 もうどうでもいいや、とフランソワーズは思った。

  * * * * * *

 後日、例の皮の出所を調べようとしたピュンマはダンボール箱の底に残っていた紙を発見した。そしてつぶやいたのだ。
「見なかったことにしよう」

  * * * * * *

『マンネリを感じているご夫婦には"羊の皮をかぶった狼"の演出などはいかがでしょうか』 



<管理人より>
サイト1周年記念にtakabaさんからいただきました・・・っ(笑い死に中)
もう、もうもうtakabaさんてばおかしすぎー!!!
何がいいってあーた、非常事態の筈なのにふつーに淡々と朝ごはん食べてるみんなが(爆笑)
(「あ、醤油とって」が妙にツボに入ったらしいです>自分)

で。テキスト読んだ瞬間にわかりましたですよtakabaさん。
描けって事ですねそーなんですね(滝汗)

でえい描いてやらあ豹柄お嬢さん〜!!!←拳握りしめつつ

て事で。
↓寝こける疑似餌♪<擬似かよっ!?(怒)

…豹柄は2度と描かないと誓っていたのに(泣笑)←でもノリノリ♪<オイ(汗)

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